ゆるせない心が変わるとき
人間はなぜ、ゆるすことがむずかしいのでしょうか。
ゆるす気持ちになれさえすれば、相手もそして自分も楽に
なれることがわかっていながら、それができないのです。

和解は謝罪とゆるしがあって初めて実現するのですが、
人は相手があやまってくるならともかく、こちらから先に
ゆるしの手をさしのべることなどできないと考えています。

自分は正しく、悪いのは相手だからと思っているのです。
しかし、多くの場合、相手には相手の言い分があるのです。
こうして互いに傷つけ、憎み会い、いつまでも両者に
和解によるいやしが訪れることはないのです。

人は長く生きれば生きるほど、人を傷つけ自らを傷つけること
の多い存在ではないでしょうか。人の心を深く傷つけながら
そのことに気づかないか、気づいても忘れてしまった多くの罪、
これはつぐないようがありません。
人はみなつぐなえない罪からのゆるしを必要としているのです。

<祈りの言葉>
神さま、私はあやまることが
なかなかできない人間です。
いつもまわりが悪いのだ、と責めてしまいます。
しかし、神さまは
そのような私を責めることなく、
ゆるしてくださっていることを知りました。
どうか、傷ついたわたしの心を
あなたのゆるしの愛で、いやしてください。

※写真