限りあるいのちを生きる
昔も今もすべての人間の死亡率は100%です。
職を失う、手足を失う、全財産を失う
いずれも真剣に考えざるをえない重大事です。
しかし死では自分そのものがなくなってしまうのです。
なぜそのことを、みな考えまい、忘れようとするのでしょうか。

終わりを意識する生き方は、生の充実につながります。
いのちを考えるということは、死を考えることであり
死からまた生を考える知恵が必要です。
自分の死を自覚し、考えることができるのは人間だけです。
「一度だけ死ぬことと、死んだ後にさばきを受けることが
人間に定まっている」と聖書にあります。

自分の終わりがいつ来るかだれにもわかりません。
そのときにあわてふためくことのないよう
平素から自分の人生観、死生観をしっかり持っておきたいものです。
近代医学はいのちを延ばすことを目的としてきましたが、
近年、長さよりいのちの質が問われるようになりました。
平均寿命が世界一長くなっても、死は平等にすべての人に
必ずやってきます。

その時には、懺悔や後悔の念ではなく、
平安と感謝の念をもって終わりを迎えたいものです。
よき死を迎えるためには、よき生を生きなければなりません。
死を考えることは、生を考えることに他ならないのです。

<祈りの言葉>
神さま、人生には必ず最期が
やってくることを考えると
恐ろしくてたまらなくなってしまいます。
死を見据えて生きるためには
あなたから勇気をいただくことが必要です。
神さま、あなただけが死を支配しておられます。
どうぞ私の今日の歩みを
希望と平安へと導いて
よく生きることができるように助けてください。

※写真